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奈良地方裁判所 昭和59年(ヨ)157号 決定 1984年11月22日

債権者

債権者

債権者

債権者

右債権者四名代理人

弁護士

相良博美

弁護士

吉田恒俊

弁護士

佐藤真理

弁護士

坪田康男

債務者

YA

主文

一  債権者らが、共同で、債務者のために金四〇〇万円の保証を立てることを条件として、債務者は、別紙物件目録(一)記載の土地上に建築中の同目録(二)記載の建物のうち、三階を越える部分(地上8.6メートル以上の部分)の建築工事を続行してはならない。

二  申請費用は債務者の負担とする。

一  事実

別紙申請の趣旨、申請の理由及び債務者の答弁のとおり

二  理由

別紙のとおり

三  よつて、債権者らの申請は理由があるからこれを認容し、申請費用については、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(吉川愼一)

理由

一本件疎明資料及び審尋の結果を総合すれば、次の各事実が一応認められる。

1  債務者は別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)上に同目録(二)の建物(以下、本件建物という。)を建築中であり、現在二階部分まで完成している。

2  債権者らは、本件建物敷地の西側に隣接する生駒市小平尾町三〇番七、九、一〇、一三の各土地の各所有者であり、同地上に別紙物件目録(三)ないし(六)記載の各建物をそれぞれ所有し、昭和四八ないし五三年ころから右建物に居住している。

3  日照等の被害

本件建物の完成により、債権者らは、次の被害を受ける。

(一)  日照の阻害

(1) 債務者らの各建物は、六棟が南北に密接して連なつているため、債権者分部を除く債権者らの各建物には、南面からの日照はほとんどなく、享受しうる日照は、概ね東面からのものであるところ、本件土地は農地であつたため東面からの日照は良好であつた。

(2) しかるに、本件建物が完成された場合の債権者らの各居宅における日照被害の状況は別紙図面のとおりであり、午前中の東面からの日照はほとんど享受しえないことになる。

(二)  通風等の阻害

また、債権者らの各居宅から約二メートルの距離に東側一面に建築される本件建物は、通風の阻害を生じたり、債権者らに日常、圧迫感を生じたり、ベランダの位置等からプライバシーの侵害を生ずるおそれがある。

4  地域性

債権者らの各居宅の付近一帯は住居地域に指定され、主に二階建の個人住宅地等と農地が混在する良好な住宅地であり、付近に高層建築は少なく現在も分譲住宅・宅地等の開発が行われている。

5  加害・被害の回避可能性等

本件土地の東側部分は賃貸マンションである本件建物の入居者の駐車場予定地とされており、債務者が本件土地を有効に利用すれば加害の回避は比較的に容易であつたのに対し、債権者らの各建物は二階建であつて、個人住宅にこれ以上の高層化を望むことはできないから、被害の回避は容易でない。

6 交渉経緯

債権者らと債務者とは昭和五八年二月ころより同五九年二月まで交渉を重ね、右最終の交渉においては、一度は合意の成立に至つたが、その後、債務者が右合意案を撤回したことによつて交渉は決裂し、さらに債権者らのなした譲歩した提案に対しても応答することなく、本件建物の着工に至つている。また、債務者は、本件審尋手続においても、第一回審尋期日には何ら正当な理由なくして出頭せず、第二回審尋期日において裁判所の勧告に従い本件建物等の図面を次回期日までに提出する旨を約したにもかかわらず、提出することなく入院を理由に第三回審尋期日に出頭せず、一方で建築工事を続行している。

二以上の事実によれば、債権者らの右日照等の被害は、その受忍限度を超えるものであり、その各所有権に基づいて、主文掲記の部分について、本件建物の建築工事の差止を請求しうるものと一応認められる。

三本件建物が完成すると、後日その一部を撤去することは事実上困難となるところ、債務者が建築工事を続行している本件仮処分申請について保全の必要性があることは明らかである。

申請の趣旨

一、債務者は別紙物件目録(一)記載の土地上に建築中の同目録(二)記載の建物のうち、三階を越える部分の建築工事をしてはならない。

二、奈良地方裁判所の執行官は前項の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。

三、申請費用は債務者の負担とする。

との裁判を求める。

申請の理由

一、当事者

1、債務者は、S不動産の商号にて不動産業を営む者であるところ、別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)の所有者であり、その地上に同目録(二)の建物(以下本件建物という)の建築を計画し、現在一階基礎部分を建築中である。

2、債権者らは、本件建物敷地の西側に隣接する生駒市小平尾町三〇番(枝番一二、一〇、九、七)の各土地の所有者であり、同地上に別紙物件目録(三)ないし(六)記載の建物を各所有している(疎甲第一号証の一ないし四)。居住開始年月並びに同居の家族は左記のとおりである。

債権者名   入居年月 同居家族

甲    昭和四八年四月 一名(妻)

乙    同 五七年一月 二名(妻、子)

丙    同 五七年三月 三名(妻、子二名)

丁    同 五三年四月 三名(妻、子二名)

二、本件建物建築による債権者らの被害

1、債権者ら建物は、各一戸建の建物であるが、同一時期(昭和四七年)に建設された六棟の建物の各棟を前期入居年月に購入、入居したものである。六棟が南北に密接して連なる構造の建築であるため(疎甲第六号証)南面の日照が期待できないことから、各建物の日照は一、二階とも東面から日照を確保できるよう設計、建築されている(疎検甲第一号証)。現に、債権者分部を除く他の債権者については、南面の日照は全くなく、日照の殆どを東面の窓から享受してきた。各債権者の購入当時から現在に至るまで本件土地は農地であつたから、東方に日照を阻害するものは何もなく、一年を通じ午前中は十分な日照を得ることができた。

2、しかるに、本件建物が計画通り建築されると、債権者らは、日照をはじめ、諸々の被害を受ける。

現在まで債権者らが知りえた数少ない情報によると(というのは、債務者は本件建物の見取図等一切を提供しないからである)、本件建物は、鉄筋コンクリート造り四階建の共同住宅(賃貸マンション)であり、本件土地の西側境界から二メートルの位置に建築され、本件土地の東側部分は入居者の駐車場予定地となつている。マンションの高さは四階建であることから約一二メートルの高さとなる。マンションの西面は、各階各戸とも奥行が一メートルのベランダが設置されるとのことでありその場合、ベランダ最西端から債権者ら建物敷地までの距離は僅か一メートルである。そのため、債権者らが入居以来今日まで確保してきた唯一の日照は完全に奪われることになる。

さらに、債権者ら建物の唯一の眺望方角である東面に二メートルの近さに鉄筋コンクリート造りの四階建マンションがそびえ立つと圧迫感はすこぶる大きく、通風阻害、湿気など多大の支障を生じる。そればかりか、本件建物の西面には、各階、各室とも奥行き一メートルのベランダが設置されるため、そこから債権者ら建物東面窓を通して債権者らの私生活が一メートルの間近に一望できることとなり、プライバシーの侵害は計り知れない。

三、地域状況

本件建物敷地並びに債権者ら建物敷地を含む付近一帯は、現在も周囲を田畑に囲まれ(疎甲第三号証参照)、道を隔てた場所に四階建のマンションがある外、周囲に高層建築は存在しない。なお、債権者ら建物敷地は住居地域に指定されている(疎甲第五号証参照)。

四、債務者の手続違反

1、生駒市においては、昭和五四年九月一日より「中高層建築物に関する指導基準」(以下指導基準という)、(疎甲第七号証)が施行されており、本件建物のように四階建以上の建築物を建設する場合には、指導基準に合致しなければ開発許可がおりないこととされている。

ところで指導基準第七条は、「環境の保全」について規定し、「日照阻害の程度等についての対策」等六項目について、「事業主は、建築物計画内容及び次に揚げる事項については、近隣住民に説明会を開催し、同意を得なければならない」としている。

2、しかるに、債務者は、本件土地の開発許可申請に際し、隣接住民である債権者らに対し、全く説明会を開かず、そればかりか二度に亙つて、債権者ら名義を冒用、かつ印章を偽造して債権者ら名義の同意書を作成偽造し、生駒市長に提出した。幸い、債権者ら並びに受付担当者の指摘に二度とも偽造が発覚し、申請は不受理となつた。しかして、債務者は、いかなる方法をもつてか、三度目には債権者らの同意書を添付することなく、開発許可をえたのである。

五、交渉経緯

債権者らは、本件建物建築計画が発覚するや、債務者に対し、その建築内容の説明を求めるとともに、譲歩に譲歩を重ねた対案を提示してきた。しかるに債務者は度々言を左右にし、最終には債権者らを脅迫する態度にまで及んだのである。債権者らと債務者の交渉経緯は左記の通りである。

昭和五八年二月

・債務者から同意書の署名・押印要求、債権者ら拒否

同年一〇月

・債務者本件土地でボーリング調査

・債務者による同意書偽造が発覚

同年一一月七日 第一回交渉(説明会)

本件建物の概要のみ説明を受ける。

同年一一月一七日 第二回交渉

債権者ら四名を含む隣接住民六世帯から要望書(疎甲第九号証)を提示。債務者は誠意ある回答を示さず交渉は決裂。

同年末

・債務者による二回目の同意書偽造が発覚。

・生駒市開発課長が債務者に対し、債権者らと誠意をもつて交渉するよう指導。

昭和五九年一月 第三回交渉

同年二月五日 第四回交渉

・債務者が債権者ら建物を相当額にて評価買取り同価値に見合う別個敷地、建物を提供することで一旦合意に達するも、その後債務者これを撤回。債権者らあらためて別案を提示するが債務者拒否。

以上が交渉の経緯であるが、債務者の不誠実な態度は、最終回の交渉に如実にあらわれている。

債務者は、最後の交渉において、債権者ら建物の買取、並びに新居提供という案を提示し、債権者らは、日照を確保するにはそれもやむなしと考え、その案に同意した。しかるに債務者の案は、債権者ら敷地、建物の価値は一、三〇〇万円相当であるところ、本件建物後建設により日照被害などを含め、三〇〇万円相当の目減りを生ずること、また建築の工賃を一〇〇万円と見積もつて、八〇〇万円相当の価値を有する敷地・建物を提供すると回答した。債権者らは、債務者の本件建物建築による価値の減少分を何故債権者らが負担しなければならないのかと反駁したが、結局、それでも代替家屋の提供を受ける方が得策と考え、譲歩に譲歩を重ねて、右案に同意した。こうして一旦は交渉がまとまり、新居建築予定地の視察を二月中旬にすることまで確定したにもかかわらず、暫く後、債務者は突然一方的に右案を撤回し、債権者らと全く交渉に応じない挙にでたのである。そこで債権者らはやむなく、別案として、本件建物と債権者ら建物敷地境界線との間に三メートルの距離を設けること、あるいは、ベランダを設置しないこと等の案を示したが、(疎甲第一〇号証)、債務者はもはや、全く、耳を貸さず、逆に債権者らを脅迫する態度に出、交渉は完全に決裂するに至つた。

六、受忍限度と差止の範囲

前記のように本件建物により債権者らの被る日照被害等は、その地域状況などの以上に述べた諸事情に照らせば、その受忍すべき限度をはるかに越えるものであつて、債権者らは、土地並びに建物所有権に基づき、少なくとも、本件建物の建築工事の禁止を求めめうる差止請求権を有する。仮に、全面的な差止請求権がないとしても、階数の削減(三階を越える部分―四階部分の建築禁止)、本件建物西面のベランダ設置禁止の差止請求権を有するものというべきである。この点、債権者らは諸々の方法を駆使して、本件建物の建築確認申請書、添付図面等を入手するよう努力したが、現在まで入手できず、本件建物の特定もさることながら、有効な差止範囲を確定しえない状態に置かれていることを考慮されたい。

七、保全の必要性

前述の通り、本件建物は、一階基礎部分の工事が進んでおり、建築工事が完成すると、本案訴訟は殆ど無意味となつてしまうことは明らかであるから、仮処分により差止請求権の保全を図るべき必要性はきわめて高い。

八、結び

よつて、債権者らは、その土地及び建物所有権による物権的請求として、債務者に対し、申請の趣旨の通りの工事禁止を命ずる裁判を求める。

債務者の答弁

(申請の趣旨に対して)

一 本件仮処分申請を却下する。

二 申請費用は債権者らの負担とする。

(申請の理由に対して)

申請の理由第一項1、2、第二項1は認める。第二項の2の本件建物の構造及び建築位置はだいたいそのとおりである。

物件目録

(一) 所在 奈良県生駒市小平尾町

地番 弐壱番壱

地目 田

地積 九五四平方メートル

(二) 所在 右同所弐壱番地壱

種類 共同住宅

構造 鉄筋コンクリート造四階建

高さ 約壱弐メートル

(三) 所在 奈良県生駒市小平尾町参〇番地壱弐

家屋番号 参〇壱弐

種類 居宅

構造 本造瓦葺式弐階建

床面積 壱階 37.89平方メートル

弐階 26.90平方メートル

(四) 所在 右同町参〇番地壱〇

家屋番号 参〇壱〇

種類 居宅

構造 本造瓦葺弐階建

床面積 壱階 42.19平方メートル

弐階 29.12平方メートル

(五) 所在 右同町参〇番地九

家屋番号 参〇番九

種類 居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺弐階建

床面積 壱階 36.96平方メートル

弐階 25.35平方メートル

(六) 所在 右同町参〇番地七

家屋番号 参〇番七

種類 居宅

構造 木造瓦葺弐階建

床面積 壱階 40.45平方メートル

弐階 34.04平方メートル

協定書

甲 ○○

乙 ○○

丙 ○○

丁 ○○

右甲等四名代理人 相良博美

吉田恒俊

坪田康男

Y

右Y代理人 田川和幸

上記甲、乙、丙、丁およびY間で、奈良地方裁判所昭和五九年(ヨ)第一五七号建物建築続行禁止仮処分申請事件に関し、次のとおり協定した。

第一条 Yは、別紙物件目録(一)記載の土地に建築中の建物について、甲、乙、丙および丁(以下甲等と称する)に対し四階建の計画を撤回し、同目録(二)記載の建物(以下、本件建物という)を建築することを約し、甲等はYが本件建物を建築することに異議がない。

第二条 Yは、本件建物の屋上にその負担においてマスプロアンテナを設置し、甲等が申出たときは、その設備完成後甲等にそれを無償で使用させる。

第三条 Yは、本件建物の全工事期間中、日・祝日を除く日の午前七時から午後六時までの時間に主体工事および屋外工事を行うものとし、右時間以外の時間にこれら工事を行わない。但し、これら工事の後片付け、仕上げ段階の左官工事、並びにコンクリート打設工事およびこれに付帯する左官押え工事などの工事は、その限りでない。

第四条 甲等は、Yが本件建物の全工事期間中日・祝日にも木工事を含む内装工事を行うこと、右期間中全日の午後六時以降の時間にも木工事を除く内装工事を行うことに異議がない。

第五条 Yは、本件建物の工事を行うに際し、甲が所有する別紙物件目録(三)記載の建物、乙が所有する同目録(四)記載の建物、丙が所有する同目録(五)記載の建物、丁が所有する同目録(六)記載の建物の側の工事中の本件建物の足場に防護シートを設置し、甲等およびその家族並びに右各建物の安全を確保する。

それにも拘らず本件建物の工事により甲等およびその家族並びに右各建物に受忍限度を越える被害が生じたときは、当該被害につきYの負担(補修できる場合は補修による)において補償する。但し、工事騒音(本件協定に反する場合によるものを除く)、振動、電波障害、洗濯物の軽微な汚れ、プライバシーの侵害によるものは、その限りでない。

第六条 甲等は、日照・採光権の侵害、通風障害、眺望、相隣関係上の権利の侵害など名目の如何を問わず、本件建物の所有に関し、Yおよびその承継人に対し何等の請求もしない。

第七条 甲等は、Yに対する奈良地方裁判所昭和五九年(ヨ)第一五七号建物建築続行禁止仮処分申請事件の申請を本協定成立と同時に取下げ、その執行を解放する。

第八条 Yは、甲等に対し、前条の仮処分事件の担保の取消に同意し、且つ奈良地方裁判所の担保取消決定に対する抗告権を放棄する。

第九条 甲等およびYは、奈良地方裁判所昭和五九年(ヨ)第一五七号建物建築続行禁止仮処分申請事件の申請およびその申請理由に関し、名目の如何を問わず、互いに相手方に対し何等の請求もしない。

第一〇条 甲等とYは、本協定で定める事項以外に甲等とY間に何等の債権債務もないことを確認し、本協定までに甲等とYとの間で取り決めたすべてについて取り決めなかつたものと見做す。

以上

図面1、2、3<省略>

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